いい選手と言われるにはそれなりの理由がある。プレイはそう簡単にまねのできるものではないが、その選手の考え方や、行動は取り入れることはできる。そんな話をできるだけ紹介できたらと、始めたページです。

2002.11.20アルゼンチン戦に帰ってきた中村選手についてレッジーナの監督が語ったコメント

「中村の責任感は選手のお手本」レッジーナ監督が語る
 イタリア・セリエAのレッジーナの公式ホームページによると、19日(現地時間)に行われた定例記者会見で、デカーニオ監督は、チームの選手たちに求めることについて、「私のチームでは、(選手には)プロとしての仕事はもちろん、チームにとても近い存在であるファンの皆さんへの強い責任感、さらにはクラブや街への強い帰属意識を持ってほしいと願っている。技術的に拮抗(きっこう)したゲームでは、こうしたモチベーションが(勝敗の)差につながることもあるからだ」 と語った。
 また、チームに期待する責任感について、監督は中村を例に挙げながら、このように説明している。
「(親善試合のために現在)何千キロも遠くにいるにもかかわらず、中村は自分の通訳のカワノ・ゴローをチームに残して、自分がいない間の練習をフォローさせ、技術的・戦術的なことについてメモを取らせるようにしている。このようなプロ意識は大いに注目すべきだし、評価されなければならない。チームへの執着心が、選手の熱意として感じられる好例だ。私の言う責任感、執着心とは、まさに中村のこうした態度を指す。私にとって、それはとても重要なことなんだ」

2003.1.元ベルマーレ野口幸司氏(サッカークリニック1月号より)

「世界に通用するストライカーを育てるためにはどうすればいいか」

 私はワールドカップ期間中にテレビ番組の中で、レオナルドとこのテーマについて語り合った。レオナルドはブラジルと日本では、子どもの時のサッカーに接する環境が違うと話していた。ストリートサッカーでは、まず自分がボールをキープし、自分で得点を決めることが最大の喜びになる。しかし、日本では一人の選手が長くボールをキープしていると「自分勝手なプレイをするな」と叱られてしまう。周囲を使うことがいいサッカーだとまず教えられてしまう。だから決定的な場面でもパスをしてしまうのではないだろうか。
 私が感じているのはドリブルの技術に差があるのではないか、ということだ。チーム戦術やグループ戦術で相手DFを崩せればいいが、それができなくなったときに、FWが個人の力で局面を打開していく部分が、まだ日本は弱いと思う。相手を切り崩せるドリブル、そしてフェイントの技術だ。自分が得意なフェイントを1つもっているかもっていないか。ストライカーにとってこの差は大きい。もう一つ加えるなら、ボールを受けてからシュートまで持っていける自分なりのスタイルを持つことだ。いくらボールを長くキープできても前を向けないのでは意味がない。「こういう形になったら絶対シュートまで持っていける」というスタイルを持つことでシュートチャンスは格段に増えるのだ。


川上のこだわりの「1対1に強い選手をまず育てたい」「いろんなフェイント、いろんなファーストタッチが個人の技術としてベースにあり、チームとしては、アイデアあふれるワンタッチサッカーを目指したい」という方向性は決して間違えてはいないと感じる考え方と出会えたのでここに掲載しました。

2003.10.木村浩嗣の「決定力とは」というコラムより

決定力のある選手はテクニックのある選手だ。これは疑いが無い。 よく“日本代表の●●は決定力が無い”という声を聞くが、こんな場合、その●●選手には間違いなくテクニックが無い。シュートが枠を外れるのは下手だからに決まっている。

 決定力のある選手というのは、どこから来るか分からないセンタリングやラストパスに多彩な回答を用意できる技の持ち主だ。頭と足をボールにぶつけ、ゴールキーパーやデフェンダーの届かないところへたたき込む、それは純粋に技術の問題だ。きちんと狙った所へ撃てない選手はテクニックの無い選手であり、そういう選手はファンの悲鳴の中ゴールチャンスを逃し続ける。スペインリーグでは、ロマリオ、ベベート、ロナウド、アルフォンソ、ミヤトビッチ、マカーイらがテクニシャンのゴールゲッターとして印象に残っている。

 ところが、必ずしも“テクニックのある選手=決定力のある選手”とは限らない。
 それは“ポストプレーをさせれば世界一”と言われるクライフェルトを見れば明らかだ。ボールが足に吸い付くようなトラッピングと、ワンタッチで相手を抜くフェイントはジダンのそれと相当する、と私は思う。ゴールキーパーと1対1の場面でクライフェルトは必ずキーパーを抜きに行き、必ず優雅に抜く。なのに信じられないことに、空のゴールに向かって蹴られたボールは、ゴールポストを舐めるようにして必ず外れていくのだ。クライフェルトのこんな姿を目にすれば、決定力がテクニックだけに依存しないことがよく分かる。

 加えて、テクニックが無いのに決定力のある選手というのもいる。
 例えばJリーグでもプレーしたフリオ・サリーナス。彼はスペイン中が知る下手な選手であり、本人すらそれを認めていた。Jリーグから帰って来た後ですら、老体(失礼!)にむち打ち、トラップミスや蹴り損ないを連発しながらゴールを量産した。彼を一言で表現すると、“ゴール感覚に優れた”ということになる。では果たして、この“ゴール感覚”とは何なのか?“ゴール感覚”という言葉で私がまず思い出すのはラウルだ。
 ディフェンダーやキーパーの体に当たったボールやゴールマウスに跳ね返ったボール、クリアミスになったボールが転がった先には必ず彼がいる。なぜか? 超能力で予測している訳ではもちろんない。単純な話だ。それはラウルが忠実にボールを追いゴール前に詰めているからだ。ラウルは決して走り惜しみをしない。消化試合だろうが、大量リードしていようが、彼は90分間、手を抜かないで走り続け、ゴールを狙い続ける。

 リバルドのテクニックは無く、シェフチェンコやオーウェンのスピードは無く、ロナウドやティエリ・アンリのフィジカルの強さが無いラウルが、チャンピンオンズリーグでもスペインリーグでも得点王争いに顔出すのは、とにかくどんなプレーにでもゴールの機会を探す、張り詰めた集中力があるからだ。このラウルを始め、フリオ・サリーナス、ピッチー、サンチェス、サルバら泥臭いゴールゲッターたちのすごさは、必ずそこにいるすごさだった。少々ミスキックしようとも、ゴール前のこぼれ球を押し込むだけだから、技術のお粗末さは致命傷にならないのだ。

 クライフェルトはこの点もの足りない。
 味方のシュートがゴールマウスへはじかれる数パーセントの可能性を信じて全力で走り込む、そんなひたむきさには欠ける。1対1で必ずキーパーを抜きに行くのも、接触プレーを避けて奇麗にプレーしようとする傾向があるからのように見える。ラストパスを出してしまうとお役御免とばかりに足を止め、チームメートのシュートぶりを眺めている傾向がある。

 が、これはクライフェルトの欠点であると同時に、ロナウドの、ジダンの、フィーゴの、リケルメの、ロナウジーニョの、リバウドの、ティエリ・アンリの、パウレタの、そのほかサッカー選手ほとんどすべてに共通する欠点である。90分間、走り惜しみしない強じんな精神力とは、ラウルなどごく一握りの選手だけに与えられた天才なのだ。クライフェルトには90分とは言わないが、もう少しガムシャラなプレーを見せてほしい。それが彼のゴール数を必ずや増やすはずだから。